「カジュアル=アメリカンカジュアル、アメカジ」という方程式は、法則のように永遠に思われてきました。 1800年代後半の石油発見により、アメリカが地球上で大きな力を行使してきた約100年は、日本にカジュアル衣料やカジュアルファッション、ジーンズをもたらしたことは、紛れも無い事実です。しかしその中にひっそりと埋もれるように、「日本のジーンズ、デニム」を追求してきた企業が今でも存続している事実は、あまり知られていません。それが、ここに紹介する"BIG JOHN JEANS ビッグジョンジーンズ"、「株式会社ビッグジョン社」なのです。
「カジュアル=アメリカンカジュアル、アメカジ」という方程式は、法則のように永遠に思われてきました。
1800年代後半の石油発見により、アメリカが地球上で大きな力を行使してきた約100年は、日本にカジュアル衣料やカジュアルファッション、ジーンズをもたらしたことは、紛れも無い事実です。しかしその中にひっそりと埋もれるように、「日本のジーンズ、デニム」を追求してきた企業が今でも存続している事実は、あまり知られていません。それが、ここに紹介する"BIG JOHN JEANS ビッグジョンジーンズ"、「株式会社ビッグジョン社」なのです。
BIG JOHN HISTROTY>>>
1940. 創業者 尾崎小太郎。現、岡山県倉敷市児島で縫製業を創立する。社名は丸尾被服。名前のイニシャル”尾”を◯で囲って、マルオだ。
真珠湾攻撃の1年前、第二次大戦終戦の5年前で、丁度日本政府が日独伊三国同盟を結んだ年にあたる。
1950. 戦後の混乱を乗り越えて、アメリカから古着を輸入し、日本人の体型に合わせてリメイクをしている。
1960. 輸入が自由でないこの時期に、ジーンズ製造に着手する。リメイクに近い製造ではなかっただろうか。しかし国産初のジーンズであろう。
1963. 輸入自由化となり、やっとデニム生地を輸入できるようになる。当時、大石貿易によりキャントンミルズのデニム生地を輸入し、キャントンブランドでジーンズを製造販売する。
1967. 自力でデニム生地輸入を考え、コーンミルズ社から輸入し、ジーンズを生産する。これが”BIG JOHNビッグジョン”ブランドのスタートだ。
1972. クラボウ(現、倉敷紡績株式会社)と日本独自のデニム生地を共同開発。
1973. その純国産デニムのジーンズ生産を始める。
1980. 世界初のムラ糸デニムを開発し、力織機でジーンズを生産。これがレアジーンズシリーズである。
1989. 社名を株式会社ビッグジョンに。一説では、小太郎=小+太郎=リトル+ジョン(太郎と同様、米国の一般名称)→リトルは世界に羽ばたけないのでビッグにして、””ビッグジョンとしたとも言われる。興味深い。
2002. あのDickiesのライセンシー取得し、ディッキーズの商品開発と販売を始める。
2010. まさに70周年。今ではデニムの聖地と呼ばれる岡山県倉敷で、国産デニムの黎明期から生き続ける革新を続けるビッグジョンが、また動き出す。
企業理念:”品質はすべてに優先する、Quality comes first.”
国産ジーンズ生産1号、国産デニム開発1号、世界初ムラ糸デニム開発と、職人魂爆発の仕事ぶりだが、70周年の今年2010年秋には、更に物凄いジーンズを引っ提げてくる。
(極秘情報)コットンさえアメリカンコットンだが、紡績、染色、織布、袋地を全て日本で行う。15.5オンス、オリジナルセルビッジデニム。藍染で100年続く坂本デニムが染色を担当。江戸時代参勤交代の槍覆いの藍色を最高とし、これを目指した染めを”坂本藍聖(藍染めの聖人の意)”が全て監修。
インディゴデニムで発生する移染(色移り)がゼロに近く(=糸表面の染料が”落ちない”)、しかもちゃんと縦落ちする(=糸中白の為。直径方向中心に向かって藍色がグラデーションになる構造)至極のインディゴジーンズ。正規ディーラーの亜洲’S含めて、恐らく本数限定のレア度になろう、歴史的ジーンズと想像する。(乞うご期待、2010年秋)
70周年記念として、「70th Anniversary Model 4型×各200本限定=総800本/世界」 というジーンズパッケージを絶賛発売中!
亜洲’Sにもロットナンバー入で、4本だけ入手出来ました!完売の際はご容赦を。